9月8日-El Pasoアナザーストーリー-

それは吹けば飛ぶような夢だった。
その部屋全体が色彩を求めてすがっている、枯れて机に散らばる色あせた花びらのような夢だった。

「エルパソ」
日本人がまず知らないであろうその街を。
アメリカ旅行に気乗りしなかった私は、この街を知ってアメリカ行きを決めたのだ。

一つの街を一つの川と国境によって隔てられている。
アメリカにおいて、そこにメキシコを内在させる街。

メーカースペースFabLabが、そこにある。
FabLabが、日本人が誰も知らない街にあるのだ。
人種構成も所得水準も、言語ですらアメリカにおいて異質なその街に。
こんなに興味が惹かれることがあるだろうか。
これが、私の色あせた花びら。
私がこの旅行で希望した、唯一の目的地。

「エルパソいかないっぽいですよ。行かなくてもホワイトサンズ行けるんで」
助手(その2)が満面の笑みで伝えてきた。私はその笑顔を心底憎んだ。
吹けば飛ぶような夢を、吹こうというのだ。
私はそれを守らねばならない。

インターステートの出口すぐのところでRVを降りた。
崩れかけた歩道に立ち込める、その喧噪も、土っぽさも、まるでペルーの街を思い出させる。
本当にこの街に、FabLabがあるのだろうか。
少なくとも今歩く通りには、創造性の欠片すら転がっていない。とって付けたような街並み。
くすんだ瓶の破片を踏みつぶしながら私は街を値踏みしていく。

机の上の、変化に気が付く。

ブロックを一つ踏破するごとに、乾いた土埃に少しずつ湿り気が増えてくる。
歩いている子供たちの輝いた声が、喧噪を切り裂いてゆく。
気づくと私は草木生い茂る庭を横目に学校を通り過ぎ、
地図と文字の海の上では想像もつかなかった彩りの中に立っている。

扉を開けると、秘密基地の中で女性がパソコンを打っていた。
彼女の息子が駆け回っている。
雑然と並ぶ創造物のなかには、見たことのない機種の3Dプリンターが誇らしげに混ざっている。
奥の部屋に、魔法使いのような、子供のような顔をした男性がいた。
このFabLab ElPasoのオーナーだ。
お客さんと楽しそうにレーザーカッターを見つめていた。
木が焦げる匂いが埃っぽい空気に混じって響く、穴蔵のような廊下の一角で、
創造の炎がうごめいていた。

オーナーが面白いものを見せてくれるという。
彼の案内でお隣の店に入ると、ひげ面で恰幅のいいジェイ・ジェイというお兄さんが迎えてくれた。
ここは毎週アーティストが集い、絵をかき、ビールを飲みながらみんなでシルクスクリーンを刷って、
作ったTシャツなどを販売する店だという。店内には大小いろとりどりさまざまな作品が並んでいる。
Proper Printshop。地元でコミュニティを構築している。簡単にできることじゃあない。
芸術に関心のある人たちが一堂に会するだけのバックボーンが、この街にはある。

オーナーからはいろんな話を聞いた。
レーザーカッターや3Dプリンターを自作したこと。
もっと広い場所に移転する予定だということ。
子供たちに回路の作り方を教えて電子楽器を作ったこと。
じつは日本に住んでいたこと。
横浜中華街の小籠包が忘れられないこと。

きっとまた来ると約束して店を後にした。

通りに踊る極彩色のFabLab ElPasoの看板を背に深く息を吸い込んだ。
帰り道には緑色のガラス瓶が光っている。
握りしめた花びらが、鮮やかに彩られている。
いつの間にか私の景色には色が塗られ、陽を浴びて輝いていた。

さて、私はどうやってみんなに合流したらいいだろう。
この街は、深くて広い。

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